fc2ブログ

庭潤日記

植木屋の日々の出来事

千二百年

京都と高野山に行ってきた

お盆の頃にいつも参る


今年は十六日になってしまった

高校を卒業してから植木屋の修業をさせていただいた京都の久保造園にお盆の挨拶に行き
それから先輩の所へ行った

ついついビールをいただくと日が暮れてきた


十六日 京都は大文字の送り火だ



先輩は嵐山の自治会での交通整理のため渡月橋の当たりに出かけていった
おれは嵐山のたそがれ時を一人ぷらつくことにした
さっきのビールがにじみ出てくる、蒸し暑さが懐かしい

天龍寺の山門をくぐり本堂の脇をおれて静かな料亭の前を通り過ぎると桂川に出る


川沿いは良い、ひんやりとした風が吹く
河床で一杯と行きたくなる気分だ

だけど目の前の渡月橋はヒトでごった返している


浴衣美人は良いがあまりにも人だかりが暑苦しいので広沢の池の方に行ってみることにした




小腹を満たしてから嵯峨野に向かう途中、夜の八時がまわった
町並みの間 遠く東の山に「大」の字が山に浮かんでいた


嵯峨野につくと山に「鳥居」の型が点々と灯り始めていた。
何とも言葉では表せきれない優雅さがある


広沢の池に近づくとやはり人が多いが静かだ、そして真っ暗。



おばちゃん達の先祖供養を唱える声が聞こえ始めてくると、もうそこは広沢の池が広がる



嵯峨野の始まりの池 片面が山でその反対から田んぼが広がる何とも緩やかな池だ



その真っ暗で静かな嵯峨野の池には一面に 色とりどりの灯籠が浮かんでいた。
供養の声と灯籠を見守る人の気配だけしかない


何とも言えない日本のお盆があった。




あの小さい頃に感じたお盆、
にぎやかでいて少し寂しげで、あたたかくて怖くて、元日とは全く違う特別な日

あのお盆がそこにあった




これで良いのに

そう思った




次の日は高野山

家族と行く
すごく好きなところだ、初めの頃は車で行っていたが間違っていることに気がつき、最近は鉄道で行く。
排気ガスを持って行きたくないからだ。

それに高野山には車は似合わない。


今年は一番下の子が三歳になったので奥の院を奧まで行くことにした



一の橋から奧まで片道2キロメートルあるらしい、金剛峯寺から目指したので奧までは3キロほどか。



とても神秘的なところでうれしくなる

子ども達にも色々感じてほしい

中の橋を渡る
礼儀をただし言葉をつつしむ
陽気なチビ助に伝えるのは難儀と思いきや、何かを感じ取ったのかおとなしい


弘法大師に祈る


そしてまた
もと来た道を、力強く根を張る杉の木立の中を行く


不思議なところだ



いつか歩いて来てみたい
どれほど険しいのか
その時見える高野山はまた違うのか知りたい



千二百年前に開かれた 京都 高野山



そして日本


この美しい景色と文化
豊かな自然とヒトのなりわい


張りぼての経済で消してしまうにはもったいない





百年 五百年 一千年後の子ども達が野山を走り回っていてほしい




できれば裸足で

























  1. 2011/08/22(月) 17:53:50|
  2. 思い|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
  5. 編集
前のページ 次のページ