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庭潤日記

植木屋の日々の出来事

お寺というところ

またひとつの縁が出来た
偶然なのかなんなのか、とてもありがたいご縁だ





俺たちは 今 ひとつの土塀を造っている。


屋根瓦の古材を一枚づつ粘土で積み重ね形にしていく
気の長い話しである


今の時代消えつつある伝統的工法


瓦土塀だ



東京都と神奈川県にまたがる多摩丘陵と言うところに、
安諸定男と言う植木屋の師匠が住んでいる

そもそも植木屋とはまったくおかしな職業で、

「植木」とつくのに土塀なんかも造っていたりする

石積みなんかしたり

庭に川を造ったり

小屋を建てたりなんかもする

まったく変な職業だ



それはさておき いや置いておきたくはないが

この安諸定男という師匠から、おれは土塀造りを学んだ

しかし技術面なんて物は はっきり言っていい加減な物で
本当に伝えたい事は他にあるのだと思う


ひとつは この日本という風土にあった伝統を守る
それは間違いないと思う

もうひとつ
とにかく常に言われ続けた事は 「底力のある仕事をしろ」

「底力」


難しい



この土塀造りの話しは、そもそもこの親方が始まりだ。




「ちょっと電話してみて」






福應山 佛國寺

こちらのお寺には、地を歩いている修行僧が集まっている
住職になるための修行ではなく
御老師様に慕い 禅の修行の日々を過ごしている

くわしい事は分からない 分からなくて良い


ただ 修行僧達は作務として植木屋達は職として 
同じ土塀に立ち向かう

そこには一人一人の道があるようだ

ただただ こつこつと 一歩一歩 進んでいく

ここには職人技術は関係ない




土塀はどこにでも作れる

しかし 佛國寺の土塀はここにしか作れない


坐禅道場である このお寺でする意味
誰に誘われてここにやってきたのだろうか
何に気づかなければいけないのだろうか
とてつもない時間と空気がここには流れている

ここは俺の人生において新たな起点となる事はまちがいないであろう



今回ご縁で、多方面から引き寄せられた植木屋の仲間たちも
そんなような事を感じているのではないだろうか



もしかすると
ここでおれは土塀を作っているわけではないのかもしれない



またそのうち気づくであろうな


気がつかされるだろう


今は一途にいくしかない



お寺が接心に入るため 作務はまた一時中断





次へ続く



















  1. 2012/06/01(金) 00:17:34|
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